名古屋市東区徳川・葵

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御下屋敷址

 ここ葵町一帯は江戸時代、尾張藩徳川家の別邸(御下屋敷)があったところである。 葵町は徳川家の「三つ葉葵」の家紋に由来する。
 尾張藩第二代藩主光友が別邸とした以降歴代の藩主の命によって御殿、茶室、 京都東山・清水を模した庭園、薬園などが造られた。広さは64,000余坪に及び、 周囲に溝が巡らされていた。西に多くの寺院が立ち並ぶ東寺町(現在の東桜二)東北の建中寺や その周辺の武家屋敷と同様に城下への東南の入口に当たる。

布池カトリック教会

 高い天井、ステンドグラスが荘厳で、名古屋においてかトリック教会としては有名です。 昨今ではこの教会で結婚式を挙げるカップルが増加しています。

徳興山建中寺

 徳興山建中寺と号し、浄土宗。 慶安4年(1651)尾張二代藩主光友が、父義直の菩提のため創建し、 成誉廓呑上人を開基とする。
 以来、尾張藩歴代の廟所となった。霊廟は華麗な装飾が施してあり、県指定有形文化財である。 総門は三間一戸の薬医門。三門は三間一戸重層門で本瓦葺。鐘楼は梁間二間、楼造り袴腰つき、 御成門は四脚平ら唐門で、すべて名古屋市有形文化財に指定されている。

蓬菜山徳源寺

 臨済宗妙心寺派。初め熱田にあって宝泉寺と号し、織田信男の創建で忠嶽(瑞怒)和尚を開山とする。 元文6年(1741)火災にあい、享保4年(1744)この地に移建した。文化5年(1808)今の寺号に改め、 文久2年(1862)尾張十四代藩主慶勝が、山城国八幡の円福寺蘇山玄喬禅師を請じて、 濃尾両国の臨済禅の江湖道場として諸堂を整えた。今も雲水修業場や禅堂があり、 雲水が修行をしている。ときどき街中で托鉢をしている姿を見かける。
 現在も妙心寺派の七大修業道場の一つである。また、当寺に金銅釈迦涅槃像が安置されている。

蓬左文庫

 尾張藩祖徳川義直が、父家康の蔵書「駿河御譲本」およそ3,000点をもとに、 藩の文庫として城内二の丸の西南部に創設した。昭和二十五年(1950)、約65,000点が 名古屋市へ譲渡されたもので、現在の蔵書数80,000点余に及ぶ。和書、漢書、蘭書を主とした古洋書、 古絵図などが収蔵されており中世以前の古典と郷土史の稀覯本に特色がある。 「続日本紀」、「侍中郡要」などがある。

徳川美術館

 昭和十年開館。尾張徳川家の重宝約12,000点を収蔵し、日本有数の美術館と入れています。 特に刀剣類は世界第一のコレクションといわれ、国宝7点を含む約1,000点が収蔵されています。 また、三代将軍家光の娘が二代藩主光友に嫁入りの際持参した初音の調度品約60点(すべて重要文化財 )は「日本一の嫁入り道具」といわれる。また、有名なところでは「お雛様飾り」「源氏物語絵巻き」 があります。(展示物は約2ヶ月ごとに変わる)すべての収蔵品を毎回(2ヶ月に1度)見るとして、 4・5年かかるといわれる。