円覚寺塔頭 如意庵

神奈川県鎌倉市山ノ内

 臨済宗円覚寺派。  円覚寺第36世で応安2年(1369)に示寂した無礙妙謙(むげみょうけん)禅師の塔所。伊豆の天長山国清寺が前身。 非公開

2008年12月28日 この10月に瑞泉寺の副住職から如意庵の住職になったばかり。 本尊や天井画の説明を丁寧にしてくださいました。天井画は檀家の方が描かれたが天井にはめる前に亡くなったとのこと。 天井画の龍は見る位置によって玉の色が変化。最後に舎利殿のビューポイントに案内していただきました。
山 門 本 堂

庭 園 墓地より舎利殿(国宝)を望む


円覚寺塔頭 白雲庵

神奈川県鎌倉市山ノ内

 本尊・宝冠釈迦如来坐像
 臨済宗円覚寺派。  円覚寺第10世で暦応3年(1340)に示寂した東明恵日禅師の塔所。正和年間(1312-16)に退居寮として開創。 禅師は曹洞宗を修めた中国元の高僧で,延慶2年(1309),時の執権北条貞時の招きで来日し,延慶3年(1310),円覚寺第10世 となり、暦応3年(1340)に遷化するまで,建長寺(18世)・寿福寺などの住職を務めた。また,白雲庵学林を形成し, 関東五山文学の中心拠点となった。室町時代末期に臨済宗に転宗。非公開

2008年12月28日
本 堂 東明慧日禅師像 本堂天井画

本尊・宝冠釈迦如来坐像

石造灯籠(7世紀百済時代)

石造五層塔(13世紀高麗時代)
石棺(3・4世紀古墳時代)


円覚寺塔頭 寿徳庵

神奈川県鎌倉市山ノ内

 臨済宗円覚寺派。  円覚寺第66世で応永15年(1408)に示寂した月潭中円禅師の塔所。中円木像坐像がある。非公開

2008年12月28日
山 門 本 堂


円覚寺塔頭 雲頂菴

神奈川県鎌倉市山ノ内

 本尊・宝冠釈迦如来
 臨済宗円覚寺派。  もと大覚派の寺,諸山長勝寺の開山塔頭であった。鎌倉幕府滅亡(1333)後,政権を握った後醍醐天皇は鎌倉の社寺の保護に 努め,それまで所有して来た領地を安堵したので,雲頂菴も大きな混乱は無く安泰であった。室町時代になり, 長勝寺は次第に衰え,やがて廃絶した。一方,雲頂菴は永亨の乱(1430)前後には衰退しながらも命脈を保っていたところ, 文明年間頃(1460年前後)から,主の関東管領上杉氏を抑えて台頭してきた長尾氏 ―長尾尾張守忠景・顕忠父子などが これを再興し,大覚派の拠点として勢いを得た。円覚寺中にあった同じ大覚派の法珠院・龍隠庵ととともに, 中世から近世への橋渡しの時期に円覚寺において中心的な役割を果たした。戦国の乱世を長尾氏の厚い外護の下に寺勢を保ち, 今日の基礎を築いた。非公開

2008年12月28日
山 門 本 堂 庫 裏


円覚寺塔頭 仏日庵

神奈川県鎌倉市山ノ内

 本尊・十一面観世音菩薩坐像
 臨済宗円覚寺派。  八代執権北条時宗の廟所。時宗はここに庵をむすび禅の修業を行った。境内には北条時宗・貞時・高時の木像を安置する 開基廟がある。十一面観世音菩薩坐像(鎌倉観音霊場第33番)が廟所に安置されている。天文年間以後に鶴隠周音が中興して 塔頭とした。川端康成の『千羽鶴』の舞台となったことでもしられるお茶室烟足軒がある。時宗の命日の4日には茶会が 催されている。本堂には地蔵菩薩坐像(鎌倉地蔵霊場14番)と鶴隠周音の木像が安置されている。

2008年12月28日
開基廟 烟足軒(茶室) 茶室内部

多羅葉(手紙由来の木--葉裏に鉄筆で写経)



2003年8月17日



円覚寺塔頭 大機山 黄梅院

神奈川県鎌倉市山ノ内

   臨済宗円覚寺派。  代執権北条時宗夫人の覚山尼が時宗の菩提のために建立した華厳塔の地に, 後に足利市が夢窓国師の塔ところとして建立した。

2008年12月28日
本 堂 三椏(ミツマタ)


2003年8月17日
山 門