普陀落山普明院 六波羅蜜寺(六はらさん)

京都市東山区五条通大和大路上る東

本尊・十一面観音菩薩立像
 真言宗智山派。
 寺伝によると,踊り念仏で知られる市聖・空也が平安時代中期の天暦5年(951)に造立した十一面観音を本尊とする道場に 由来し,当初西光寺と称した。空也は疫病の蔓延する当時の京都で,この観音像を車に乗せて引きながら歩き,念仏を唱え, 病人に茶をふるまって多くの人を救ったという。空也は応和3年(963)に鴨川岸に僧600名を集めて大規模な大般若経供養会を 行ったが,この時をもって西光寺の創建とする説もある。当時,鴨川の岸は遺体の捨て場であり,葬送の場であった。
  空也の死後,貞元2年(977)に比叡山の僧・中信が中興して天台別院とし,六波羅蜜寺と改称。それ以降天台宗に属したが,桃山 時代に真言宗智積院の末寺となり,平安末にはこの付近に六波羅殿と呼ばれた平清盛ら平家一門の屋敷が営まれた。またのちに 鎌倉幕府によって六波羅探題が置かれたのもこの付近。名称は仏教の教義「六波羅蜜」という語に由来する。
 西国17番札所霊場・洛陽33所観音霊場15番・通称寺の会・都七福神(弁財天)。

2014年12月08日
本 堂 拡大 弁才天堂 拡大 都七福神・弁才天像 拡大



2009年10月21日
2008年11月23日
2008年10月16日 西国33所結縁総秘仏本尊ご開帳(花山法王1000年御遠忌)
2004年9月18日
本 堂

六波羅とは
布施 布施行によって最も大事なことは応分の施しをしたとき, その施しをしたことを心に止めず,その対象を求めないことである。もちろん布施は物質のみではない。
持戒 道徳・法律・条令などは,時代によって人が作り,現代ますます複雑になっていく。
我々は常に高度な常識を持ちいかなることも対処できるよう自らを戒めることである。
忍辱 仮に辱めを受けても,本当に耐え忍ぶならば,苦の多い現代に生かされていることがわかり, すべての人の心を心とする,仏の慈悲に通ずる。
精進 不断の努力である。人はそれぞれ立場,立場で努力し誠心誠意を尽くすことである。
禅定 静かなる心で自分自身を客観的に見ることである。
 以上5つの徳目を実践する上で観念的に智慧を完成させるのではなく行動を起こさなければならない。即ち
智慧 助け合い,ルールを守り,耐え忍び,励み,自己を見つめ,苦楽を乗り越えて, どちらへも偏らない中道を,此の岸から彼の岸へ・・・・・菩薩へ,完成は。