九州西国第10番札所・九六位山 圓通寺

大分県大分市広内442

本尊・千手観世音菩薩
天台宗。  寺の由緒によると,百済から来た日羅上人は,崇峻天皇4年(591),豊後の国古国府の岩屋寺(のち円寿寺)を開創。この時, 上人は東方の峰に毎朝,慶雲たなびくものを見る。「この瑞雲の下には,必ず神仙遊化の聖地あり」と,ある日,上人は錫杖を 携えて西坂より登山を試みた。ところが中腹まで来ると,山勢にわかに急となり,老樹茂り容易に登ることができない。 難儀していると,不思議な9匹の鹿猪が現れた。そして上人に礼拝するや,峰に向かって駆け上り,たちまち道が開かれた。 上人は喜んで山頂に至り,四方を眺めた。やはり,秀峰環列八葉を分かち,まさに天然仏陀の霊地である。上人はここに 千手観音菩薩を彫刻し,一堂宇を建てて,9鹿猪山(のち九十六位山)圓通寺と名付けた。さらに上人は,将来の繁栄を願って, 銀杏のみを門前に植え,「法灯永く竜華の暁に至らば,この樹年を暦てますます栄よ」と祈念した。
 その後,圓通寺は 鎌倉時代になり大友能直が寺領を寄進。続いて大友貞親が八町四方を境内とし,本堂・多宝塔・鐘楼・山門・方丈などを再建。 ところが大友義統の時代,天正14年(1586),薩摩の島津軍が攻め,平価で廃墟となる。寛永9年(1632)に,「銀杏の大樹中に 観音の霊像あり」のお告げを受けた量海により中興された。

2012年3月13日
日羅上人が植えたと伝わる大銀杏
参 道 山 門

本 堂 鐘 楼 苔むした地蔵仏

句 碑
空をあゆむろうろうと月ひとり(荻原井泉水)
どうしようもないわたしが歩いてゐる(種田山頭火)