22番札所・妙福山 佐竹寺

茨城県常陸太田市天神林町2404

本尊・十一面観音菩薩 開基・元蜜上人

真言・おんまか きゃろにきゃ そわかく

ご詠歌・ひとふしに 千代をこめたる 佐竹寺 かすみがくれに 見ゆるむらまつ

 真言宗豊山派。  寺伝によると,常陸地方の豪族で,戦国時代までこの地を支配した佐竹氏の祈願寺として知られる。 によれば大同2年(807),徳一の開創とされるが,坂東霊場記では寛和元年(985)に板東巡礼中の花山院が, 随行の元蜜上人に聖徳太子作の十一面観音像を与えて建立させたとされている。建立当時は観音寺と 呼ばれた。源義光の孫の源昌義は,寺領を寄進し祈願所とした。昌義はこの寺で節が1つしかない竹を 見つけ,これを瑞兆とし,佐竹氏を称したとされる。天文12年(1543)に兵火により焼失するが, 天文15年(1546)に佐竹氏18代佐竹義昭が佐竹城(太田城)の鬼門除けとして現在地に再建した。最盛期には 6支院と3ヶ坊を有したが,関ヶ原の合戦の後,佐竹氏が出羽に移封されたことにより衰退する。 それでも,江戸時代は坂東33観音霊場の22番札所としての賑わいがあったが,明治に入っての廃仏毀釈より 荒廃し,昭和24年(1949)まで無住の寺であった。

2010年10月7日
仁王門 仁王門の扁額の上に佐竹氏の家紋「月印五本骨軍扇」 本 堂

本堂の上の佐竹氏の家紋 本堂下陣の丸窓

布袋尊 多くの地蔵尊