彦根城

滋賀県彦根市

 姫路城などとともに天下の名城の一つに数えられる彦根城は井伊直継・直孝によって約20年の歳月をかけて建設され,, 元和8年(1622)に完成。佐和山城・安土城・長浜城・大津城の石垣や用材が使われました。月明かりに浮かぶ彦根城は美しく, 琵琶湖八景の1つに数えられています。明治時代の廃城令や戦火を免れた彦根城の勇壮な姿を,城内散策で眺められます。 また、彦根城の別名金亀城の名は、彦根城築城以前,彦根山上にあった寺院に金の亀に乗った観音像が安置されていたため と言われている。国指定の特別史跡です。

2006年10月9日
二の丸佐和口多聞櫓 天秤櫓(日本唯一) 太鼓門櫓

時報鐘 彦根城天守閣

天守閣の梁組



玄宮園


 大名庭園で,琵琶湖や中国の瀟湘八景にちなんで選ばれた近江八景を模して造られた縮景園。第4代藩主直興が延宝5年(1677)に 造営。毎年9月中に「虫の音を聞く会」が,11月後半には効用のライトアップが催される。

鳳翔台(茶室)



楽々園


 旧藩主の下屋敷で,槻御殿の名のほかに黒門外(前)屋敷とも称されたが,現在は楽々の間にちなんで楽々園と呼ばれている。 延宝5年(1677),4大藩主直興により始まり,延宝7年(1679)に完成,往時は能舞台を備えた広大な建物であったが,現在では書院や地震の間, 雷の間,楽々の間などの一部が残っている。直弼も1815年10月29日にこの屋敷で直中の14男としてこの屋敷で誕生。

書 院 地震の間--日常お茶座敷として使用,柱が土台に固定されておらず,天井裏で対角線方向に 綱が引っ張ってあり,屋根は軽いこけら葺き,土壁も少なく,下部の床組に大材を用いて重心を低くしてある。



埋木舎(うもれぎのや)


 井伊直弼が17歳〜32歳までの青年時代を300俵の捨扶持で過ごしたところで,直弼は自らを生涯花咲くことはあるまいと 埋もれた木にたとえて埋木舎と呼んだ。ここで彼は茶道・華道・禅・歌道・武術などの研究に励んだ。 茶道では石州流を学んだ。