馬見岡綿向神社(うまみおかわたむきじんじゃ)

滋賀県甲賀市日野町村井

祭神・天穂日命・天鳥命夷・武三熊大人命。
 社伝によると,日野町の最高峰である綿向山(標高1,100m)の頂上に鎮座の綿向大神(天穂日命)を, 平安時代初期の延暦15年(796)に里宮として現在の地に遷し祀り,蒲生上郡の総社として信仰をあつめた。 その後,当地を支配し城下町を築いた蒲生家が氏神として庇護し,さらに江戸時代には日野商人が 出世開運の神として崇敬した。壮大な境内には滋賀県指定文化財の本殿をはじめ,日野商人が寄進した 立派な拝殿や絵馬殿・石灯籠・石橋などがある。毎年5月2・3日に行われる絢爛豪華な曳山車で賑わう 湖東地方最大の日野祭(県指定無形民俗文化財)は,この神社の春の例祭。

2010年10月24日
2本の杉を柱代とした鳥居 鳥 居 本 殿

伝・若松の森跡
 天正18年(1590),蒲生氏郷が会津黒川城主に封じられたとき,黒川の名を 故郷日野城の近くにあった若松の森の名ちなんで,会津黒川を会津若松の名称に改めたと伝える。 その若松の森とは,ここ綿向神社の参道を覆っていた森であったという。古書によれば,江戸時代の中期に 多くの松が枯れ,伐り除かれて人家が建ったと書かれている。現在の松樹は名将氏郷が遠く会津の地より 故郷を懐かしんだ名残の松である。