八葉山 蓮華寺(はちようさん)

滋賀県東米原市番場511

本尊・釈迦如来(発遣)・阿弥陀如来(来迎)。 開基・伝聖徳太子
浄土宗本山。  寺伝によると,聖徳太子によって開かれた寺と伝えられ,当初は寺号を法隆寺と称したという。弘安7年(1284), 当地の地頭で鎌刃城主土肥元頼が良忠の弟子とされる一向を招いて寺を再建,八葉山蓮華寺と号す。蓮華寺は良忠の 鎌倉における自坊の旧名である。裏山に一向の荼毘地跡の杉と墓所がある。元弘3年:正慶2年(1333),足利尊氏の寝返りに あって鎌倉に落ち延びる途中,六波羅探題・北条仲時以下432人が自刃している。時の住持がかれらに法名を与え, 過去帳に登載したのが有名な『陸波羅南北過去帳』である。寺内にあるその主従の墓とされる一石五輪塔群は近代になって から整備されたもので,別に向かいの六波羅山とよばれるところの麓に五輪塔がある。その後,一向と同じ念仏勧進聖の 一遍の時衆と同一視されるにおよび当寺は時宗一向派本山と位置づけられ近世を経る。さかんな独立運動の結果, 昭和18年(1943)になり浄土宗に末寺とともに転宗し本山として現在に至る。ただし時宗に残留した末寺も少なくない。 斎藤茂吉は恩師佐原窿応が当寺49世住職になったことから,参詣して短歌を残している。大橋俊雄が晩年貫首になった。 本堂に宝物室があり,志納で拝観できる。

2009年2月28日
十六菊の紋章の勅使門(山門) 本 堂 鐘 楼

庭 園 蕗の董 八大龍王・弁才天

番場忠太郎地蔵尊 樹齢700年の一向杉(荼毘地跡) 開基・鎌刃城主土井三郎頼公

聖徳太子の叡願の紅梅
「一族の果てし自刃もかくならん
紅梅散り敷く蓮華寺の庭」
北条仲時公以下432名の墓
斎藤茂吉の歌碑
「松風の音聞くときは古への
聖の如く我は寂しむ」