石光山 石山寺

滋賀県大津市石山寺1-1-1

本尊・如意輪観世音菩薩
 東寺真言宗大本山。 『石山寺縁起絵巻』によれば,聖武天皇の発願により天平19年(747),良弁(東大寺開山・別当)が聖徳太子の念持仏であった 如意輪観音をこの地に祀ったのがはじまりとされている。聖武天皇は東大寺大仏の造立にあたり,像の表面に鍍金を施すために 大量の黄金を必要としていた。そこで良弁に命じて,黄金が得られるよう吉野の金峰山に祈らせた。金峯山はその名の通り, 「金の山」と信じられていた。そして良弁の夢に吉野の金剛蔵王(蔵王権現)が現われ,こう告げた。「金峯山の黄金は,(56億7千万 年後に)弥勒菩薩がこの世に現われた時に地を黄金で覆うために用いるものである(だから大仏鍍金のために使うことはできない)。 近江国志賀郡の湖水の南に観音菩薩の現われたまう土地がある。そこへ行って祈るがよい」。夢のお告げにしたがって石山の地を 訪れた良弁は,比良明神(≒白鬚明神)の化身である老人に導かれ,巨大な岩の上に聖徳太子念持仏の6寸の金銅如意輪観音像を 安置し,草庵を建てた。2年後陸奥国から黄金が産出され,元号を天平勝宝と改めた。こうして良弁の修法は霊験あらたかなる こと立証できた。だが如意輪観音像がどうしたことか岩山から離れなくなってしまった。やむなく,如意輪観音像を覆うように 堂を建てたのが石山寺の草創という。後代だが宝永2年(1705)の白鬚大明神縁起絵巻がある。その後,天平宝字5年(761)から 造石山寺所という役所のもとで堂宇の拡張,伽藍の整備が行われた。正倉院文書によれば,造東大寺司(東大寺造営のための 役所)からも仏師などの職員が派遣されたことが知られ,石山寺の造営は国家的事業として進められていた。これには,淳仁 天皇と孝謙上皇が造営した保良宮が石山寺の近くにあったことも関係しているといわれる。本尊の塑造如意輪観音像と脇侍の 金剛蔵王像・執金剛神像は,天平宝字5年(761)から翌年にかけて制作され,本尊の胎内に聖徳太子念持仏の6寸如意輪観音像を 納めたという。以降,聖宝・観賢などの当時高名な僧が座主として入寺。聖宝と観賢はいずれも醍醐寺関係の僧である。石山寺と 醍醐寺は地理的にも近く,この頃から石山寺の密教化が進んだものと思われる。

 石山寺の中興の祖といわれるのが, 菅原道真の孫の第3世座主・淳祐(890−953)。内供とは内供奉十禅師の略称で,天皇の傍にいて,常に玉体を加持する僧の称号で, 高僧でありながら,諸職を固辞していた淳祐がこの内供を称され,「石山内供」「普賢院内供」とも呼ばれている。その理由は 淳祐は体が不自由で,正式の坐法で坐ることができなかったことから,学業に精励し,膨大な著述を残している。彼の自筆本は 今も石山寺に多数残存し,「匂いの聖教」と呼ばれ,一括して国宝に指定されている。このころ,石山詣が宮廷の官女の間で 盛んとなり,「蜻蛉日記」や「更級日記」にも描写されている。現在の本堂は永長元年(1096)の再建。東大門・多宝塔は鎌倉時代 初期,源頼朝の寄進により建てられたものとされ,この頃には現在見るような寺観が整ったと思われる。石山寺は兵火に 遭わなかったため,建造物・仏像・経典・文書などの貴重な文化財を多数伝存している。
 西国33所霊場13番札所。

2016年8月30日
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2016年8月02日
東大門 拡大 参 道 拡大 毘沙門天堂 拡大

蓮如上人鹿子御影堂 拡大 宝篋印塔(伝源頼朝・亀ケ谷禅尼の供養塔) 拡大 多宝塔
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鐘 楼
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硅灰石 拡大 大師堂 拡大

大黒天堂 拡大

2014年12月08日
金剛力士像
東大門
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比良明神影向石 拡大
比良明神影向石
東大寺の僧・良弁僧正(689-773)は,聖武天皇に東大寺・大仏 建立に必要な黄金の調達を命じられ,金峯山に篭って金剛蔵王の夢告を受け,この石山の地を訪れ,すると岩の上で老人が釣りを しており,お告げの場所がまさにこの地であったことを良弁僧正に告げた。この老人こそが近江の地主である比良明神で,比良 明神が座っていた石は「比良明神影向石」として今も大切に守られている。
 西国33所13番札所。

西国33所観音堂 拡大 観音堂内部 拡大

毘沙門堂ーー安永2年(1773)建立 拡大 兜跋毘沙門天・吉祥天・善膩師童子 拡大 大師堂 拡大

蓮如堂 拡大 蓮如上人画 拡大 本 堂 拡大

紫式部像
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安産の腰掛石 拡大 鐘楼堂
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多宝塔
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心経堂 拡大
心経堂
花山法皇が西国33所観音霊場を中興されてより1000年記念事業として,長年納められた 心経写経を永久に保存するために建立。約5.4m四方総檜の方形造,壁柱は丹で塗られ堂中央の台座に乗せられた八角輪堂の 一面には如意輪観世音菩薩半跏像が安置され,残る七面に写経を納める。

拡大 経 蔵 拡大
経 蔵
高床式校倉造,かっては国宝の淳祐内供筆聖教などを収蔵した建物。頭貫木鼻の意匠や 桁や垂木に反り増しがあることから桃山時代の16c後期と考えられる。発覚の束柱上を頭貫で繋ぎ,その上に大輪が乗り,校木は 桁行・梁間方向とも同じ高さに10段組み,大輪は木鼻の部分で矧ぎ木をして1木のように見せている。

宝篋印塔
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宝篋印塔
四方に四国88ヶ所霊場の土が埋められており,これを廻ると88ヶ所を巡る同じ 功徳が得られるという。
大黒天堂 拡大


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大黒天堂庭園 拡大
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2009年12月17日
2009年10月18日 西国33所結縁総秘仏本尊ご開帳(花山法王1000年御遠忌)。 18日は観音さんの日で,縁日が出ていてたくさんの人が訪れていました。
2008年12月17日
山茶花

朗澄大徳遊鬼境(石山寺屈指の名僧)ゆかりの庭園



2007年6月9日
参 道 多宝塔 月見亭

竹の樋 多宝塔

2004年8月29日
東大門

参 道 観音堂 蓮如堂


御影堂 本 堂


硅灰石

源氏の間 紫式部供養塔・芭蕉句碑 鐘 楼

多宝塔 月見亭 紫式部

無憂園


かたつむり ノウゼンカズラ