応頂山 勝尾寺(弥勒寺)

大阪府箕面市粟生間谷2914-1

本尊・十一面千手千眼観世音菩薩
高野山真言宗。  伝承によれば,神亀4年(727),藤原致房の子の善仲・善算の兄弟はこの地に草庵を築き,仏道修行に励んでいた。それから 約40年後の天平神護元年(765),光仁天皇の皇子(桓武天皇の異母兄)である開成が2人に師事して仏門に入った。宝亀8年(777), 開成は念願であった大般若経600巻の書写を終え,勝尾寺の前身である弥勒寺を創建。そして,数年後の宝亀11年(780), 妙観が本尊の十一面千手観世音菩薩立像を制作したと伝えられる。
 開成の僧としての事績については正史に記載が なく不明な点も多いが,北摂地域の山間部には当寺以外にも高槻市の神峯山寺など,開成の開基または中興とされる寺院が 点在している。
 勝尾寺は平安時代以降,山岳信仰の拠点として栄え,天皇など貴人の参詣も多かった。元慶4年(880), 当時の住職行巡が清和天皇の病気平癒の祈祷を行い,「勝王寺」の寺号を賜るが,「王に勝つ」という意味の寺号は畏れ多いと して勝尾寺に差し控えたという。『日本三代実録』は,元慶4年,清和天皇死去についての記事で,同天皇が「勝尾山」に 参詣したことを述べており,これが勝尾寺の文献上の初見である。元暦元年(1184),治承・寿永の乱(源平合戦)の一ノ谷の 戦いのあおりで焼失。文治4年(1188),源頼朝の命により,熊谷直実・梶原景時によって再建された。承元4年(1210)には 晩年の,讃岐国流罪から戻った法然が当寺に滞在している。

2017年01月10日
山 門 拡大 山門裏の扁額 拡大 厄払い三宝荒神社 拡大

鎮守堂 拡大 開山堂 拡大 水掛け観音堂 拡大

大師堂(四国88ヶ所お砂踏み) 拡大 本 堂 拡大 不動堂 拡大

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2016年10月19日
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