46番札所・井際山 如意輪寺

愛知県知多郡南知多町大字内海字中之郷12

本尊・如意輪観世音菩薩
真言宗豊山派。 開基:行基菩薩 開山:梅山和尚。  寺伝によると,奈良時代・行基が行脚のとき,この地に建立した観福寺の九子院の一つとして創建。 その後,南北朝時代,観福寺も次第に衰退しそれにともない子院の多くも荒廃。 元亀3年(1572), 梅山和尚により中興。

2007年9月15日
山 門 本 堂



 
47番札所・井際山 持宝院

愛知県知多郡南知多町大字内海字林之峯66

本尊・如意輪観世音菩薩
真言宗豊山派。 開基:行基菩薩 開山:金尊上人。  寺伝によると,神亀年間(724-29),行基が行脚のとき,この地に建立した観福寺の九子院の一つとして創建。 その後南北朝時代,観福寺も次第に衰退し,それにともない子院の多くも荒廃。観音堂を残すのみとなった。 応永年間(1394-1428)に金尊上人を中興開山として馬場村より 現在地に移転復興。

2007年9月15日
山 門 本 堂



 
48番札所・禅林山 良参寺

愛知県知多郡美浜町大字小野浦字清水18

本尊・聖観世音菩薩
曹洞宗。 開基:融山祝公首座 開山:天祖順応禅師。  寺伝によると,天正13年(1585)に開創。享保18年(1733)に現在地に移転建立。文政元年(1818)に庫裡を再建。 弘化2年(1844)に本堂再建。お助け大師と呼ばれ,昭和4年(1929)に大正講中に参詣された服部あきさんの見えぬ目が 開眼し,昭和50年(1975)には病院でも治らぬ近藤さくさんの皮膚病が治るなど霊験もあらたかです。日本最初の 聖書和訳で知られる千石舟「宝順丸」の漂流民・三吉の菩提寺でもある。<和訳聖書発生の地>小野浦出身の 宝順丸船乗り,音吉・岩吉・久吉の3人は遠州灘で遭難し14ケ月漂流の末カナダに着き,カール・ギュッラルによる わが国初の日本語訳聖書の出版に協力する。三浦綾子作「海嶺」にこの3人は登場するという。三吉(音吉・岩吉・久吉)の 碑はこのお寺へ来る途中にある。

2011年5月6日
山 門 本 堂 大師堂

子抱観音--樹齢400有余年の伊吹(ビャクシン)の根元に昭和58年(1983)に 子抱観音が出現
金毘羅大権現



 
49番札所・祥雲山 瑞境寺

愛知県知多郡美浜町大字野間字桑名前24

本尊・釈迦如来
曹洞宗。 開山:蘭峰盛曇大和尚。  寺伝によると,慶長10年(1605)に開創。別堂に安置されております毘沙門天は,行基菩薩作で,1本をもって3体を 刻み,他の2体は常滑市の広目寺と碧南市棚尾の寺に安置され,日本3体と伝えられている。

2011年5月6日
山 門 本 堂 大師堂

夢違観音--仏師・岸田陸象作 イヌマキ--周囲157cm・樹高5.5m
毘沙門堂



 
50番札所・鶴林山 大御堂寺

愛知県知多郡美浜町大字野間字東島55

本尊・阿弥陀如来
真言宗豊山派。 開基:役小角 開山:行基菩薩。  寺伝によると,天武天皇680年頃。ある行者が庵をいとなむ。聖武天皇738年頃に僧行基が開創。阿弥陀三尊を安置して 「阿弥陀寺」と称す。大同年間(806年頃)に弘法大師が留錫。白川天皇の承暦年間(1080年頃)勅願寺となり, 大御堂寺の名を賜り,1山14坊の名刹となった。県史跡の「源義朝公廟所」をはじめ,「平康頼・池の禅尼経塚」 「鎌田正清夫妻墓」「織田信孝墓」などを境内に祀っている。源頼朝建立の大門・血の池・頼朝寄進の大般若経600巻の 他,現在徳川義直(尾張藩主)寄進の義朝最期の図による絵解は日本中に知られている。ここでは願いことを書いた 小太刀を奉納。本尊はボケ除けで頭が賢くなり,弁天様は縁結びに効くそうです。石から石へ渡る行事もあります。

2011年5月6日
山門--源頼朝寄進 本 堂 源義朝公廟所