15番札所・天桂山 廣済寺

愛知県あま市七宝町桂

本尊・釈迦牟尼如来・聖観世音菩薩
曹洞宗。 開基:天真大用大和尚。  寺伝によると,広島県聖光寺(原爆により焼失)の開山・悦堂常喜大和尚の弟子・鎌倉義教公の請侍により帰錫のとき, この地(桂邑)にいたり当寺を開いた。門葉72寺を有し,塔頭「東陽軒」あり。その後,清洲城城主・織田大和守敏定は 自筆の偏額を掲げ,寺領地を寄進。織田家の勘十郎達成・信長・信・代々寺領地を寄進し,その証文を伝えた。 天正10年(1582)5月,蟹江合戦の折前田友十郎ここに陣を敷き竹林,末寺,塔頭を取り壊し薪としてしまったという。 天正17年(1589)の太閤検地により時の奉行岡田備中の,寺領8町4反を没収するも,証文と書状を提示して難を逃れた。 当寺は,曹洞宗において片法幢会地として常に宗門の僧侶を養成する道場であり,愛知県下屈指の古刹であったので, 明治23年(1890),内務省より古代建築物保存金を下附された。この折りの県政札は伊勢湾台風にて喪失した。 現在の廣済寺は昭和24年(1949)の自作農創設令により2町8反を解放し,寺領約3,000坪を有し,昭和57年(1982)に庫裡の 新築・書院・山門などを改修し,平成2年(1990)に本堂の瓦ふき替え,開山堂の新築を発願し平成8年(1996)完工, 今日に至っている。

2011年7月5日
山 門 本 堂 御授観音堂

観釈堂 延命子安地蔵堂
観釈堂
御嶽山信仰を行じた新川町の加藤実翁と親交を深めた当山の天真和尚が 翁の遺志に答え,法灯を護持する由,諸佛を奉安した堂宇