湯島聖堂

東京都文京区湯島1-4-25

 徳川5代将軍綱吉は儒学の振興を図るため,元禄3年(1690),湯島の地に聖堂を創建して上野忍岡の林家私邸にあった 廟殿と林家の家塾をここに移築。これが現在の湯島聖堂の始まり。その後,寛政9年(1797),幕府直轄学校として, 世に名高い「昌平坂学問所(通称『昌平校』)」を開設。明治維新を迎えると聖堂・学問所は新政府の所管するところと なり,当初,学問所は大学校・大学と改称されながら存置されたが,明治4年(1871),これを廃して文部省が 置かれることとなり,林羅山以来240年,学問所となってからは75年の儒学の講筵はその歴史を閉じる。ついでこの年 わが国最初の博物館(現在の東京国立博物館)が置かれ,翌5年(1872),東京師範学校,わが国初の図書館である書籍館が 置かれ,明治7年(1874),東京女子師範学校が設置され,両校はそれぞれ明治19年(1886),明治23年(1890), 高等師範学校に昇格したのち,現在の筑波大学,お茶の水女子大学へと発展。湯島聖堂は維新の一大変革に当たっても 学問所としての伝統を受け継ぎ,近代教育発祥の地としての栄誉を担いました。大正11年(1922),湯島聖堂は国の史跡に 指定されたが,翌大正12年(1923),関東大震災がき,入徳門と水屋を残し,すべてを焼失。 この復興は斯文会が中心となり,昭和10年(1935),工学博士東京帝国大学伊東忠太教授の設計により, 寛政時代の旧制を模し,鉄筋コンクリート造りで再建。昭和61年度(1986)から文化庁による保存修理工事が平成5年 (1993)3月竣工。

2007年1月27日
杏壇門 大成殿(孔子病) 孔子像(世界で一番高い)