13番札所・金龍山浅草寺(浅草観音)

東京都台東区浅草2-3-1

 本尊・聖観世音菩薩 開基・勝海上人 中興開山・慈覚大師

ご真言・おん あろりきゃ そわかく

ご詠歌・ふかきとが 今よりのちは よもあらじ つみ浅草に まいる身なれば

 聖観音宗総本山。  寺伝によると,推古天皇36年3月18日(628)未明,隅田川に投網漁をしていた漁師の檜前浜成(ひのくまのはまなり), 竹成(たけなり)兄弟の網に一体の仏像がかかり,それを豪族の土師真中知(はじのまなかち)は,尊い観音像であることを知り, 深く帰依して自宅を寺とし,その観音像を奉安し,礼拝供養に勤めました。これが浅草寺のはじまりです。
 大化元年(645),勝海上人がこの地に留まり観音堂を建立,また夢告によりご本尊は秘仏と定められ武蔵国の観音信仰の 中心地となり,現在の本堂再建工事にあたって出土した数々の遺物から,金龍山浅草寺は少なくとも平安期には大寺の伽藍を ここ武蔵野の一漁村に構えていたことが判る。平安期はじめ,慈覚大師の巡拝により伽藍の整備が行われ, その後一層信者の層も厚くなり,以来,慈覚大師を中興開山と呼び,鎌倉期以降になると将軍自ら帰依するにおよびび, 名将たちの篤い信仰を集めていよいよ観音霊場として知られるようになった。江戸時代,天海僧正(上野東叡山寛永寺の 開創)の進言もあって,徳川幕府の祈願所と定められ,いわゆる江戸の信仰と文化の中心として庶民の間に親しまれ, 以後の隆盛をみるようになった。

2010年10月6日
本堂外陣の天井画
二天門 銭塚地蔵

カンカン地蔵--お姿の原型をほとんど残していない。古来よりお参りの方が,付随の「小石」で 御身をごく軽く「たたき」お願いことをする。その音から名がついた。



2007年1月3日
五重塔
雷 門 観音堂(本堂)

影向堂 六角堂 淡島堂