慈雲山 瑞輪寺

東京都台東区谷中4-2-5

 本尊・日蓮大聖人像 七福神・毘沙門天
 日蓮宗本山。  寺伝によると,開山は慈雲院日新上人,開基大檀越は徳川家康。日新上人は徳川家康が幼少の頃,学問教育の師範であった。 日新上人は,天正6年(1578)に身延山に入山し17世の法灯を継承,天正9年(1581)10月に日蓮大聖人300遠忌を修し,翌年には甲州を 領して身延山に詣でた家康と道話する日々を重ねられた。そこで,将来に弘通所の地を寄せていただくことを約束した。しかし, 慶長元年(1595)に類焼,同6年(1601)に神田に移転したが,また類焼し,慶安2年(1649),現在の地,谷中に安藤右京之進の外護に より再建築致。また,安政3年(1856)台風のため大半が破壊,明治元年(1868),上野戦争により悉く烏有に帰した。その後, 歴代上人のご丹精により復興再建,現在に至っている。なお,塔頭は15坊が存在したが現在は浄延院、躰仙院・正行院・久成院・ 本妙院がある。当山は日新上人の院号を取り慈雲山と称している。
 江戸開府400年を記念して,平成16年(2004),当山 第56世日總代に,本堂・山門・鐘楼堂・参道・諸堂を大修復,位牌堂が新築された。そして家康は天下統一の後,天正19年(1591)に 学問教育に預かった謝儀をあらわし,先年の約束をはたして,日本橋馬喰町に身延山久遠寺の布教所として,寺の敷地約200m四方を 与え,大久保治右衛門の外護により瑞輪寺が創建された。
 六牙院日潮上人を縁祖として飯高檀林より発生した法縁で現在の 日蓮宗の中では最大の法縁。瑞輪寺を縁頭寺として,小湊山誕生寺(大本山)・光明山孝勝寺・塚原山根本寺・靖定山久昌寺・ 開本山妙顕寺・妙厳山本覚寺が所属している。

2012年7月30日
山 門 本 堂

鐘楼堂 東京七面宮 七面堂

包丁塚